裁判例紹介
裁判例
実質と異なる支払督促で時効中断になる?
借用書等の形式面と、実質面の権利が違うというケースもあります。
そのようなケースで、消滅時効の中断効果が争われた事件があります。
こんな支払督促で時効中断になるのか?という問題です。
最高裁平成29年3月13日第二小法廷判決です。
事案
平成4年4月21日、X(原告・控訴人・被上告人)がAに対して、期限の定めなく7億円を貸し付けました。
Aは、平成5年2月28日に利息のみ弁済。
本件貸付金のうち1億1000万円につきY(被告・被控訴人・上告人)を債務者とする公正証書を作成することになりました。
平成6年8月18日、以下の内容の公正証書(本件公正証書)が作成されました。
債務者Yが債権者Xから同年7月29日に1億1000万円を借り入れ。
これを同年9月20日から平成7年10月20日まで、合計11回、1回につき1000万円ずつ弁済。
弁済を一度でも懈怠すれば期限の利益を喪失。
残金につき完済するまで年3割の遅延損害金。
平成13年7月24日、本件貸付金(7億円)については、Xを債権者、Aを債務者とし、平成15年5月末日までに一括弁済する旨の公正証書が作成されました。
Xは、平成16年9月1日までに、Yに対して、上記1億1000万円のうち1億950万円の支払いを求める支払督促(本件支払督促)の申立てをしました。仮執行宣言を付した支払督促は同年12月27日の経過により確定。
平成26年8月27日、XはYに対して、XとYとの間の「消費貸借契約」に基づき、その分割弁済額である1000万円および約定の遅延損害金の支払いを求め訴えを提起しました。
争点
第1審で、Xは、訴えの変更。
請求原因を消費貸借契約から「連帯保証契約」の締結へと変えました。
これに対し、Yは、本件公正証書で認めたのは貸金債務、実際には1億1000万円を借り入れていないこと、Aの債務を連帯保証するものでもないことは、XもYも了解していたこと、本件公正証書は通謀虚偽表示により無効であること、これらにより、Yの期限の利益喪失は平成6年9月21日、同日から10年経過で消滅時効が完成と主張。
Xは、本件支払督促の確定によって、平成16年9月1日に消滅時効は中断と主張。
原審までの判断
第1審は、連帯保証契約の成立を否定。請求棄却。
原審は、本件公正証書は、本件貸付金についてYが連帯保証する趣旨で作成されたものと認定、Yの通謀虚偽表示の主張も否定。
本件支払督促は、Yに対する貸金債権を請求債権とするものだが、本件公正証書は、本件貸付金の連帯保証の趣旨で作成されている、本件支払督促の趣旨は、要するに、本件公正証書上の債権を請求するものだから、貸金債権の権利主張をすることは、連帯保証による保証債権の権利主張の一手段、一態様とみることができるとして、本件支払督促で貸付金の時効中断の効力が生じると認定、消滅時効に係る主張を排斥、請求を認容。
貸金と関係がないYが公正証書の当事者になったのは、実質的には保証の趣旨だったようにみえますが、そこで貸金としての公正証書としたこと、それに基づき、形式的に貸金として支払督促の申立をしていたことから、後から実質的に保証人だったという主張が、消滅時効との関係で問題になったてしまったという事案です。
消滅時効中断の効果が、形式的には法的な内容が違う支払督促でも生じるの?
保証債務なら、時効中断でも保証債務の請求をしておかないとダメなのでは?と争われたわけです。
このような流れで、最高裁はどのように判断したのでしょうか?
最高裁判所の判断
破棄自判。
「本件公正証書には、YがXから1億1000万円を借り受けた旨が記載されているものの、本件公正証書は、上記の借受けを証するために作成されたのではなく、本件保証契約の締結の趣旨で作成されたというのである。
しかるに、Xは、本件支払督促の申立てにおいて、本件保証契約に基づく保証債務の履行ではなく、本件公正証書に記載されたとおりYがXから金員を借り受けたとして貸金の返還を求めたものである。
上記の貸金返還請求権の根拠となる事実は、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権の根拠となる事実と重なるものですらなく、むしろ、本件保証契約の成立を否定するものにほかならず、上記貸金返還請求権の行使は、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権を行使することとは相容れないものである。
そうすると、本件支払督促において貸金債権が行使されたことにより、これとは別個の権利である本件保証契約に基づく保証債務履行請求権についても行使されたことになると評価することはできない。
したがって、本件支払督促は、上記保証債務履行請求権について消滅時効の中断の効力を生ずるものではない。」
違う内容の支払督促では時効中断はできない
実質的に、連帯保証の趣旨で作成された貸金の公正証書がある場合、公正証書に記載されているとおりに貸金だとして、支払督促の申立をしても、実質的な連帯保証債務の消滅時効は中断されない、という結論です。
今回のように、連帯保証契約の趣旨で消費貸借契約の借主とすることが行われることもあるようです。
しかし、保証人としての責任と、借主としての責任は、相容れないものです。
実質と形式とは違う内容となっているのです。
本件公正証書の合意が、保証契約を目的としていたかどうかは、当事者の意思に委ねられ、解釈されます。
そもそも、一審では、これが否定されているものです。
支払督促は、時効中断事由になります。
民法147条1号の「請求」に当たるものとされます。
民事訴訟法392条の期間内における仮執行宣言の申立てで時効中断効が維持されます。
しかし、今回のように、時効を止めたい権利内容と、中断手続きで主張された権利内容が違う場合に、時効中断を認めて良いかが問題になります。
裁判の請求内容は、訴訟物と呼ばれます。
この訴訟物が違ったとしても、当事者が同一、訴訟物としての権利主張が当該権利の主張の一態様、一手段とみられるような牽連関係があるか、その存在が実質的に確定される結果となるようなときは、時効中断を認めて良いとする考え方もあります。
高等裁判所は、このような考えを採用したものでしょう。
結論として、最高裁はこれを否定。
消滅時効を中断させたいという場合に、形式的な書面に従うのではなく、実質的な権利を主張して手続きをしておかないと、中断の効果が生じないというリスクがありうるのです。
債権回収、管理の際にはご注意ください。
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